若い頃は、女性にモテるかモテないかで人生が決まった。
自分は完璧な敗者だった。
華やかな青春とはいっさい無縁だった。
まず、背が低い。
背が低いのは脚が短いせいだ。
なんとかならないか?
あらゆる伸長法を試した。
めざしも食べた。牛乳も飲んだ。
高い鉄棒にもぶら下がった。川端式体操も試した。
でも、自分には効果はなかった。
しょうがない。
努力の方向を変えよう。
バイトしてお金を貯めて、通販でシークレットシューズを買った。
シークレットシューズは、
すぐ効果があらわれる。
何しろ履くだけでだれにも知られず(シークレットだから)、
脚の長さだけ、いきなり約10cmも伸びるのだ。
ありがたい。
でも、いいことづくめではない。
自分の大学は坂の上にあった。
行きはよかった。
問題は帰りだ。
帰りは下り坂。
坂の角度にシークレットシューズのヒールの角度がプラスされた。
坂の角度が10°でヒールも10°なら20°の急坂だ。
友だちと歩いて坂を下るとき、自分だけ急坂なのだ。
問題は、それを友だちは知らないということだ(シークレットだから)。
友だちと笑顔でしゃべりながら、いきなり坂を転げ落ちるわけにはいかない。
よくつまづく奴だ
友だちからはそう思われていたかもしれない。
大学では演劇部だった。
舞台練習もシークレットシューズ着用だ。
あるとき、通し稽古の講評で
なんでいつもお前はすり足なんだ?
とみんなの前で言われ、凍りついた。
シークレットシューズのせいだってみんなにバレた?
注意すべきは下り坂だけではなかった。
その日から、平地を歩くときは、兵隊のように高く足を上げるようになった。
シークレットへの努力はまだまだ続く。
居酒屋で靴を脱ぐときも危険な瞬間だった。
シューズを隠すため、ズボン丈を通常プラス10cmほどにしていた。
だから靴を脱ぐ瞬間は緊張した。
気を抜けば武士の長袴(ながばかま)状態だ。
靴を脱ぎながら、笑顔のまま、会話を途切れさせず、手でズボンを内側に素早く折り込む匠(たくみ)の技。
もちろん、どんなに酔っ払っても、帰りに元に戻すのを忘れてはいけない。
そもそもズボンを買うのが嫌いだった。
試着室で
「(丈は)このくらいでいいですね?」
という若い女性の店員に、
「プラスこのくらいで」
と言ったあとの、一瞬の間。
(えっ?なんでそんなに?)という無言の問いかけに、
自分の脱いだ靴にさりげなく目線をやることでヒントを出す。
あとは店員が正解を出すことを祈るだけだ。
しかし、そんな緊張と努力の日々も、同級生の女性のなにげないひとことで終わった。
あれ、今日は美佐子(仮名。その頃片想いだった人)来てへんから、あの靴履いてないんや。
全然、シークレットちゃうかったわ・・・