コロナは文化までも破壊してしまうのか?ー大好きなライブハウスのこと

ひとりごと
2019年12月25日@金沢AZ(赤い公園のライブ)これ以来、ライブハウスに行ってない!

以前、

「老後は、日本中のライブハウスを巡って音楽を楽しみたい」

と書いた。(そのブログが、こちら)

今でも、

「ライブハウス巡りはライフワークのひとつ」

と思っている。

杏子(あこ:豊橋)ライブハウスで偶然出会い、彼女が中学3年生の時から応援している。

しかし、
その気持ちが、最近揺らいでいる。
コロナで、状況が激変しているのだ。

これまでは人の集まるところに文化が生まれていた。

「密閉」「密集」「密接」の三密を完全に満たしたライブハウスもそのひとつだ。
三密だからこその「現場感」「一体感」「高揚感」がそこにはあった。

しかし、
コロナウィルス感染拡大防止のため、

三密を満たした空間にいることは危険だ

ということになった。

三密を必ず避けましょう」

と政府や専門家が口をそろえて警告し、
その認識は、
みんなの中で広まりつつある。

2020年5月8日から始まるはずだった全国ツアー、5月開催分公演見合わせのお知らせ(松本公演に行く予定だった(泣))

だから、
たとえコロナが終息(*1)しても、

ライブハウスってちょっとやばいんじゃない?

という感覚はきっと残るだろう。

さらに、
現在、支援の輪が広がっているとはいえ、

コロナ収束までに、
小さなライブハウスは経営的に持ちこたえられるのか?

という疑問もある。

感染対策をして細々と営業を続けても、

「こんな状況なのに何をやっているんだよ!」

と世間の目は厳しい。

「こっちは仕事として真剣にやっていても、世間から見れば遊びという商売に過ぎない。」

と、あるライブハウスのオーナーはいう。(日刊SPA 2020418 配信記事より)

そうなると、
ライブハウスの是非うんぬんの前に、

ライブハウスそのものがなくなってしまうのではないか?

ユーロスペース(東京都渋谷区の有名なミニシアター)の北條誠人支配人は、

「新型コロナの蔓延が収束した社会では、人が集まることを忌避し、その上で文化を生もうとするのかもしれません。」

と言う。(週刊新潮WEB取材班 2020418 掲載記事より)

(ミニシアターもライブハウスと同様、三密空間として苦境に陥っているのだ。)

そして、
これを裏付けるかのように、
先ほどのライブハウスのオーナーも、

「ライブハウスの復活は、今はまったく考えられません。これからは、有料配信を始めようと思っています。」

と話している。

ふたたび、ライブハウスでライブを見る日は戻ってこないのか?

あまりにも急な展開で、
気持ちが追いついていけないのだが、
今回のコロナ禍は、
ライブハウスやミニシアターなど、
文化の在り方まで根本的に変えてしまうのかもしれない。

*1 コロナの収束、終息、どちらを使うかという話だが、デジタル大辞泉によると、
収束は、分裂・混乱していたものが、まとまって収まりがつくこと。
終息は、物事が終わって、やむこと。
ここでは、ワクチンなどが開発され、新たな発症がなくなった状態、という意味で「終息」を用い、「たとえ終息したとしてもヤバそう」と言っている。現在の混乱状況がいったん収まるという意味の「収束」状況では、あきらかにやばい。

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