「2日前、そこの道にイノシシが出たんですよ」
「cowry coffee」の店主が、開口一番、少し興奮気味に話しかけてきた。
イノシシ?
「ここらへんはクマもよく出るんですよ」
えっ? いや、わたしコーヒー飲みに来ただけなんですけど…。
たしかに、ここらへんはそのくらい山深い。
金沢駅前からバスで40分。
そこからさらに10分ほど急坂を下って、やっと店にたどり着くのだ。
でも、そこまでしてでも来る価値はある。
コーヒーはその日焙煎した1種類のみ。
選ぶのは、ドリップする豆のグラム数だけ。
でもその量が半端ない。
一杯に普通の店の3倍ほどの40gを使う。
さらに70gもあるが、ふつうは40gで十分だろう。
あと、今日のスイーツが1種類。
初めて訪れた2017年10月10日のスイーツは、
甘納豆かわむらの甘納豆3種だった 。
これも注文する。
店内は落ち着いた雰囲気だ。
BGMもレコードというこだわりよう。
ちょうど「Waltz for Debby」が流れていた。
ビル・エヴァンスのピアノ、
スコット・ラファロのベースが
生音のように響いてくる。
やがて、コーヒーと甘納豆が到着。
まずはコーヒーを、ひとくち。
ああ。
思わず目をつぶる。
ため息をつくほど、深い味わい。
しっかりとした旨味が凝縮され、エグ味や渋味をまったく感じさせない。
コクがあるのに、口、喉をさらっと液体が流れていく。
口当たりが柔らかい。
柔らかいコーヒーというのは初めてだ。
出会えてよかった。
ボーッとしてたらもう1時間たっている。
バスの時間も気になる。
コーヒー豆「コスタリカ ドタ・ラタス」を買い、店を出た。
秋の陽はつるべ落とし。
あっという間に日が暮れてゆく。
少し急ぎ足で坂道を登る。
イノシシやクマに会わないことを祈りながら。